ここ最近ずっと企画書のこともあって『仕事』について考えています。仕事ってどういうことなんだろう。
まず、仕事の成り立ちを考えました。たぶん縄文時代ごろ、すっげー狩りのうまい人が魚が食べたくて、すっげー釣りのうまい人と物々交換したところから『仕事の歴史』がはじまったと思います。。生きて行く上で、どうしても得意不得意があって、それを補うために自然におこった行動だと思います。で、ちょっとズル賢いいヤツがいて、もらった肉に対して対価でないものを渡したり、畑を貸してマージン取ったり...だんだん商売みたいになっていったと思う。それで富を持った人はさらに権力を得るべく人を使って...言っちゃえば『会社』みたいな組織になっていったと思います。
私はその仕事の歴史(あくまで私の想像の)をかなり追体験している人間で、趣味で描いていた絵を使いたいという人があらわれ、お金をもらって仕事にしてます。そういえば初めて8ミリカメラを撮ったときも、カメラ内編集でトリック撮影をしたりして遊んでたから、これも映画の歴史を追体験...知識のない人がゼロから始めると、歴史を追体験、みたいに進んで行くものなんだと思います。
そんな仕事形態としてはまだまだ縄文時代な私が考えるに、考えれば考えるほど『会社』という組織がよくわかりません。もちろん、会社に入ってがんばっている人もいる。そういう個々の話じゃなくって、『会社』(特に大規模の)という形態が謎です。会社の利益をみんなで分配して...って感じでもないんだよな。会社が社員に払う給料は経費で、会社が赤字でも月々の給料はググッと減ったりはしないはずだ。逆に会社が超儲かっても給料に反映するわけでもなく...そう考えると民主主義っぽくない気がするんだけどなぁ(笑)仕事縄文人にはまだまだ分からないことだらけです。
でも、今のところ私はリスクがあっても今の状態が心地いいなぁ。そんな私は街で出会う猫を見て、野良猫か飼い猫かの違いが、勤め人と非勤め人の差なんかなぁ、なんて考えました。飼い猫は街を歩いても気風が違うキレイさ。しかも家でご飯も貰えるし、外で媚びる必要がないからあんまり触らせてくれない猫も多い。つかの間の自由を求めに外に出てるわけです。一方野良猫はご飯が欲しいから世渡り上手な猫は愛想タップリ、そうじゃないのは思いっきり威嚇してくる。どちらも自由だけどサバイバルって感じがします。
...確かにフリーランスという私の環境、ある意味サバイバルだ(笑)私も猫だったら飼い猫になりたいかも、と思うと、シュウカツは『働く』ということとはまた別のスキルで振り分けられてて、なんかベルトコンベアーみたいなイメージで全然乗り気になれなかったんだけど、少し会社勤めになる魅力が分かった気がしました。
でも、現時点で野良猫な私が飼い猫になるには、人んちの前で毎日すっげーうまいことやるしか方法がないとも思った。それはそれでめんどくせーなー。飼われてみないと、住み心地いいかも分かんないし。。はっ!私、シュウカツに気乗りしなかったということを、猫の世界に置き換えても同じこと言ってる!!うわ私、筋金入りのノラなんだ(笑)どうせノラならボス猫になってノラ王国でも作りたいなぁ、というのが最終的な結論でした。なんだそりゃ!
ちょっと脱線したけど、仕事について色々考えているのは企画書のこともあるんだけど、それ以上に素朴な疑問からです。
子どもの頃『はたらく人』みたいな番組もあったし、『○○になりたい』とみんな普通に希望を持っていた。近所の七夕の短冊とか見ても子どもたちは結構現実的な『○○になりたい』と書いてあったりもして、子どもって働くことが当然と言うか、むしろ働きたいみたいなところがあると思う。たとえそのやりたいことが非現実的でも、ちょっと折り合いをつけたら楽しくやれると思う。それなのに、大人になって働くのが嫌いな人が多いのが何でなのか、すっごい疑問です。
私は自分のこと全然仕事人間ではないと思っているんだけど、よく考えたら仕事に全く関係がない趣味は映画とゲームと酒くらい。仕事が趣味ですっていうのともちょっと違うんだけど、仕事として絵を描くのも好きだから、少なくとも仕事は好きな方だと思う。私の周りも楽しげに仕事をしている人ばっかりだから当たり前のこととずっと思っていて、世の中には必ずしもそういう人だけじゃないと知ったとき、すごくビックリしました。だからこそ、これからも仕事とのあり方を自分なりに考えていきたいと思ってます。これホント、企画書のためとかいうより、確実に自分が知りたいことなんだよな〜。我ながらヘンなことに興味持ってしまったもんだ!
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数日後の日記でさらに考えました。
『しごと』ってなんだ?2
まず、仕事の成り立ちを考えました。たぶん縄文時代ごろ、すっげー狩りのうまい人が魚が食べたくて、すっげー釣りのうまい人と物々交換したところから『仕事の歴史』がはじまったと思います。。生きて行く上で、どうしても得意不得意があって、それを補うために自然におこった行動だと思います。で、ちょっとズル賢いいヤツがいて、もらった肉に対して対価でないものを渡したり、畑を貸してマージン取ったり...だんだん商売みたいになっていったと思う。それで富を持った人はさらに権力を得るべく人を使って...言っちゃえば『会社』みたいな組織になっていったと思います。
私はその仕事の歴史(あくまで私の想像の)をかなり追体験している人間で、趣味で描いていた絵を使いたいという人があらわれ、お金をもらって仕事にしてます。そういえば初めて8ミリカメラを撮ったときも、カメラ内編集でトリック撮影をしたりして遊んでたから、これも映画の歴史を追体験...知識のない人がゼロから始めると、歴史を追体験、みたいに進んで行くものなんだと思います。
そんな仕事形態としてはまだまだ縄文時代な私が考えるに、考えれば考えるほど『会社』という組織がよくわかりません。もちろん、会社に入ってがんばっている人もいる。そういう個々の話じゃなくって、『会社』(特に大規模の)という形態が謎です。会社の利益をみんなで分配して...って感じでもないんだよな。会社が社員に払う給料は経費で、会社が赤字でも月々の給料はググッと減ったりはしないはずだ。逆に会社が超儲かっても給料に反映するわけでもなく...そう考えると民主主義っぽくない気がするんだけどなぁ(笑)仕事縄文人にはまだまだ分からないことだらけです。
でも、今のところ私はリスクがあっても今の状態が心地いいなぁ。そんな私は街で出会う猫を見て、野良猫か飼い猫かの違いが、勤め人と非勤め人の差なんかなぁ、なんて考えました。飼い猫は街を歩いても気風が違うキレイさ。しかも家でご飯も貰えるし、外で媚びる必要がないからあんまり触らせてくれない猫も多い。つかの間の自由を求めに外に出てるわけです。一方野良猫はご飯が欲しいから世渡り上手な猫は愛想タップリ、そうじゃないのは思いっきり威嚇してくる。どちらも自由だけどサバイバルって感じがします。
...確かにフリーランスという私の環境、ある意味サバイバルだ(笑)私も猫だったら飼い猫になりたいかも、と思うと、シュウカツは『働く』ということとはまた別のスキルで振り分けられてて、なんかベルトコンベアーみたいなイメージで全然乗り気になれなかったんだけど、少し会社勤めになる魅力が分かった気がしました。
でも、現時点で野良猫な私が飼い猫になるには、人んちの前で毎日すっげーうまいことやるしか方法がないとも思った。それはそれでめんどくせーなー。飼われてみないと、住み心地いいかも分かんないし。。はっ!私、シュウカツに気乗りしなかったということを、猫の世界に置き換えても同じこと言ってる!!うわ私、筋金入りのノラなんだ(笑)どうせノラならボス猫になってノラ王国でも作りたいなぁ、というのが最終的な結論でした。なんだそりゃ!
ちょっと脱線したけど、仕事について色々考えているのは企画書のこともあるんだけど、それ以上に素朴な疑問からです。
子どもの頃『はたらく人』みたいな番組もあったし、『○○になりたい』とみんな普通に希望を持っていた。近所の七夕の短冊とか見ても子どもたちは結構現実的な『○○になりたい』と書いてあったりもして、子どもって働くことが当然と言うか、むしろ働きたいみたいなところがあると思う。たとえそのやりたいことが非現実的でも、ちょっと折り合いをつけたら楽しくやれると思う。それなのに、大人になって働くのが嫌いな人が多いのが何でなのか、すっごい疑問です。
私は自分のこと全然仕事人間ではないと思っているんだけど、よく考えたら仕事に全く関係がない趣味は映画とゲームと酒くらい。仕事が趣味ですっていうのともちょっと違うんだけど、仕事として絵を描くのも好きだから、少なくとも仕事は好きな方だと思う。私の周りも楽しげに仕事をしている人ばっかりだから当たり前のこととずっと思っていて、世の中には必ずしもそういう人だけじゃないと知ったとき、すごくビックリしました。だからこそ、これからも仕事とのあり方を自分なりに考えていきたいと思ってます。これホント、企画書のためとかいうより、確実に自分が知りたいことなんだよな〜。我ながらヘンなことに興味持ってしまったもんだ!
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数日後の日記でさらに考えました。
『しごと』ってなんだ?2
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